荒廃人工林の管理により流量増加と河川環境の改善を図る革新的な技術の開発

研究の目標・ねらい

 気候変動などで今後より激化する水問題を解決するため,荒廃した人工林を管理することにより,渇水流量増加による水供給量の平準化と濁質をはじめとする水質の改善をもたらす,革新的な水資源管理技術を開発する。具体的には,荒廃した人工林において強度な間伐を行い,流量増加,水質改善がみられるかについて,様々な調査を行う。(1)森林管理が流域の蒸発散,水供給量に及ぼす影響の定量化,(2)作業道が流域の水・土砂流出に及ぼす影響の定量化,(3)これらのデータに基づく各種モデル開発により,利用可能な水供給量を最大化する持続可能な水資源システムを構築する。具体的には,リモートセンシング手法により森林状態を把握し,濁質を減少させ渇水流量を増加させるための森林管理手法を提示する統合モデルを構築し,深刻化する水問題緩和技術の開発を目指す。

研究の背景

 近年,気候変動に伴う短期降雨量の増大や気温の上昇が水資源,安定した水供給に大きな影響を与えている。特に,短期降水量の増大による洪水流出および渇水等により安全安心な水供給に大きな不安を投げかけている。図1 荒廃人工林の水土砂流出への影響近年それに加え,わが国には森林の荒廃問題があり,それにより出水時の表面流出による出水や濁水といった水環境の悪化が指摘されてきている。持続可能な水利用のためには,水処理技術と水供給技術のバランス良い研究が,車の両輪として必要不可欠である。
山地からの水供給を増加させる手法については,従来森林水文学で研究がなされてきた。たとえば伐採をすると,降雨の樹冠による遮断が減少し,河川流出量が増加することは,アメリカのCoweeta試験流域における1950年代の研究で明らかになっており,水資源増加のための伐採は,一部の地域で行われてきている。しかしながらこの手法は,降雨強度が高く土砂災害の危険が高いわが国においては,直接取り入れることが難しい。
現在,日本の全森林面積の7割はスギ・ヒノキ人工林であり,これらの多くは戦後の拡大造林ブームにより植栽された。人口密集地の周辺には人工林が多いことからも,日本における水供給は,この人工林における水流出に依拠しているといっても過言ではない。植栽後30-40年経過した現在,除伐・間伐の時期を迎えているが,林業労働力の不足,木材価格の低迷により,林地の管理が行き届かず,放置され,荒廃した林分が年々増大している(図1)。
荒廃した人工林,特にヒノキ人工林では林床の裸地化による表土の流亡や表面流の発生が指摘され,それらが下流域の洪水や洪水の発生に影響を及ぼすと危惧されている。従来は,どの程度の間伐をすれば,洪水抑止機能や渇水時の流量増加に結びつくのかについて,定量的な指標はなかった。 図2 本数間伐率と相対照度の関係
近年,2003-2008年のCREST採択課題「森林荒廃が洪水・河川環境の影響の解明とモデル化」(以下荒廃森林CREST)において,荒廃ヒノキ林を本数換算で50-60%の強度な間伐を行うと,林床の地表面を下層植生で被覆され,浸透能力が上昇し,表面流発生の危険性が減少することが明らかになっている(図2)。
しかしながら,従来の間伐は”強度“といわれているものでも30%程度であることが多く,この程度の間伐では下層植生の回復による浸透能力の上昇は見込めないことが明らかとなった。50-60%の強度間伐の,流域からの水流出への影響について実証した研究はまだない。これに加え,近年間伐を行うことにより,降雨の樹冠による遮断が減少することが明らかになってきている(図2)。すなわち,3500本/ha程度の密植された人工林の本数を半減させると,遮断率が10%増加する可能性が高いことを意味する。これは,降水量2000mm/年の場合は,200mmもの地下水涵養量をもたらすことを意味亜する。したがって,50-60%の強度間伐により,下層植生の被覆の回復をはかることによって,水土砂流出を減少させるとともに,遮断による水のロスの低下,地下水涵養量の増加をはかる,渇水期の水問題解決を図る画期的な国土管理の技術の開発が可能となるであろう。図3 立本密度と遮断率との関係しかしながら,現在では,本数換算で50-60%の強度間伐はほとんど行われておらず,強度間伐実験とそれに伴う水・土砂流出量についての実証に基づく検討が必要とされている。
しかしながら,現在のところ,50-60%の強度間伐による水流出増加量について,そのことを実証的に研究して例はない。すなわち荒廃人工林を適切に管理することにより,水流出量を増加させ,さらに濁水等の水質の向上が望める画期的な水供給技術が開発されるはずである。