荒廃人工林の管理により流量増加と河川環境の改善を図る革新的な技術の開発

研究計画とその進め方

 一般的に,間伐による流量変化を統計的手法のみで解析するためには,多くの流域の長期の試験が必要である。また,そのためには天文学的資金が必要であるとともに,気象条件にも大きく左右されるため,確実な技術開発をするためには,多大な資金と数十年の年月が必要とされる。 これ対し,降水,遮断量,樹幹流量,土壌水分,地下水位,流出といった降雨流出素過程を詳細に観測し,さらに降水の同位体比等のトレーサを複合的に用いることにより,素過程ごとの水の増減とその時間的タイミングが明らかになるため,数流域の詳細な観測を比較的短期間行うことにより,間伐による水量の増減についての確実なデータが得られると考えられる。
図4 研究対象地  研究対象地は,間伐前の流量データが蓄積されている三重県大紀町,高知県四万十町,愛知県犬山市の荒廃森林CREST試験流域の継続観測に加え,栃木県佐野市の東京農工大学大谷山フィールドステーション,福岡県の九州大学演習林の全国5地点に設定する(図4)。 全流域において,まずリモートセンシング手法(航空機レーザー測量)によって地表面到達率より,林内の光透過率を推定し,間伐前後の森林状態の面的把握を行う(図5)。また,現地データとして,強度間伐の前後において,森林土壌の状態,林床植生やリター量,振動ノズル型散水装置を用いた浸透能調査をで行う。 現地観測のイメージは,図6に示したとおりである。既存の荒廃森林CRESTの研究対象流域においては,未間伐の林分で,新たに間伐を行う。現地において,林内雨,樹幹流,土壌水分量の測定を行い,遮断蒸発率を算定する。また,斜面プロットにより森林内の表面流出量を測定するとともに,出水時の流出を流域出口にパーシャルフリュームにより流出量を測定する。また出水時の流出水を自動採水器により採取する。
林内雨,土壌水,地下水について,量および水質・水の18O/16O比(今回申請したレーザー式質量分析装置)測定する。このことにより,林内雨 ・土壌水・地下水の量の変化に加え,間伐により,どのような雨(強度の高い雨,低い雨)がどのくらい地下水を涵養していったかが判明する。図5 航空機レーザー測量また,流出時の新しい水の成分を分離することにより,流出量の変化に加え,トレーサから,水流出機構・流出量の変化についてトレースする。水質・濁質成分については,自動採水器による出水時の水の水質・濁質成分の定量化を行う。それに加え,浮遊砂サンプラーにより一定量のサンプルを採取し,新規購入予定のGe検出器を用いCs-137, Pb-210exの分析を通じて,濁質を構成する土砂の起源(表層土か下層土か)を推定し,濁質成分の起源の変化について解析を行う。
新規流域(福岡,栃木)においては,間伐前後のより詳細な観測を行う。福岡流域においては,スギとヒノキの樹種の違う流域において間伐を行う。栃木流域においては,異なった間伐手法を行い比較観測を行う。間伐方法は,現在林野庁を中心に推進されている手法として作業道を高密度に開設し列状に伐採する方法と,従来の点状間伐と呼ばれる方法を用いる。これは,列状間伐においては,作業道は出水時において水流出の経路となる可能性が指摘されている一方,点状間伐は,比較的短期間に林内への日光到達量が減少する可能性が指摘されているためである。また,分蒸散量,遮断蒸発量の変化についてより詳細に,Granier (1987)に基づく樹液流計測,雨量計を用いた水収支法によって計測する。つぎに,各林分に対して,50%以上の強度間伐を行い,間伐による林分蒸散量,遮断蒸発量の変化を明らかにするまた,地下水用の井戸を掘削し,地下水涵養量の変化についてより詳細な知見を得る。図6 調査方法 これらのデータを解析することにより,間伐による渓流水の流出量の変化,流動経路の変化を分析する。また,間伐流域では,下層植生量,通過雨量,樹冠雨量および雨滴エネルギーの経年変化をモニタリングする。また,土壌侵食量と林床植生による被度をモニタリングし,間伐による植生回復と水・土砂流出量の関係を明らかにする。 以上の現地データを基に,間伐前後の水循環モデルを構築する。それらは,蒸発遮断モデル(大槻),土壌水分モデル(小杉)・水流出モデル(小松),水質モデル(芳賀)である。それに加え,森林管理成長モデル(野々田,山本),森林状態把握モデル(山本)により間伐を含んだ森林の管理方法とリモートセンシング手法による森林の状態の広域把握法を開発する。それらのデータは,分布型水土砂流出モデル(五味)に入力するとともに,それぞれのモデルとの比較検討を行う。さらに,それぞれを,森林管理成長シナリオに基づいて統合化し,流域スケールでの水・土砂流出モデルとしてアウトプットし,水流出量を増加させ,さらに濁水等の水質の向上が望める画期的な水供給技術の開発を目指す。 現地データの取得の際には,測器はすべて同一のものを用い,データの解析等も標準化し,質の高いデータの取得に留意する。1年目,2年目はそれぞれの流域にすべてのメンバーが訪れ,議論を深める。また,流域の維持管理については,各流域のリーダーが責任をもって行う体制をとる。 既存流域における間伐は1-2年目に行い,既存データとの比較より,間伐の効果をできるだけ早期の段階から解明をはかると同時に,長期的な変化をみる。新規流域については,同位体を使った素過程の解明を進めつつ,2-3年目に間伐を行い,間伐による素過程の変化をみる,という効率的なものとなっている。また,モデルについては,得られたデータを基に3年目以降本格的に取り組む。
図7 研究の展開各年度に2回程度全体ミーティングを行い,既存データを解析し,間伐の 水土砂流出への影響について意見を交換する。特に,新規流域間伐前の3年目初頭には,既存流域の間伐影響について検討し,今後の課題を探るとともに,国際シンポジウムを開催し,世界中の参加者を募り,各地における伐採試験との比較を行い,よりよい間伐および評価方法を探る。4年度,5年度目は,影響評価モデルを中心に議論を行い,リモートセンシング手法により森林状態を把握し,濁質を減少させ渇水流量を増加させるための森林管理手法を提示する統合モデルを構築し,深刻化する水問題緩和技術の開発を目指す。それと同時に,林業経営者にどのような間伐事業制度を取りいれたかについて聞き取りを行い,林業経営者の意識を調査することにより,持続可能な人工林の経営と水資源対策を実装するための方策を検討する。